視点が重要です

私は歴史ものの本が好きです。
竹村公太郎氏の「日本史の謎は地形で解ける」は久々に目からうろこの良書でした。
竹村氏は国土交通省、かつての建設省のOB官僚。
「インフラ」の視点から歴史を論じています。
たとえばなぜ過去の大規模な遷都が行われたか。
大きく言えば、奈良から京都そして江戸(東京)に過去大きな遷都が3回行われています。
その理由は、社会学、政治学、歴史学の見地から様々に論じられています。
その多くは、旧来の権力者である寺社や貴族らの影響から離れるため。
あるいは、完全には支配下にない地方勢力ににらみを利かせるため、などなど。
しかし、竹村氏はインフラの視点から遷都の必要性を論じています。
当時の上下水道や、道路、燃料の調達などの社会インフラは現代からは直接検証することはできません。
が、遺跡や文献、屏風絵などから想像はつきます。
現代人からはごくごく当たり前と思えるような水道も江戸時代以前はありません。
それどころかアスファルトの道路もダムも下水道もありません。
しかも現代人には不可欠な電力もガスもありません。
一方、首都には、奈良時代から数十万人、平安時代の京都には100万人近い人が住んでいたといいます。
建築資材も燃料もすべて木材。
現代のように海外からの輸入もありませから当然近辺の山林を伐採することになります。
それも莫大な量です。
山は瞬く間にはげ山になってしまい、保水力を失った山は地すべり、がけ崩れ、鉄砲水がおこり災害、荒廃がおこります。
街中はもっと悲惨です。
飲み水から、生活水の処分、洗濯まですべて町を流れる川で行います。
当然不衛生な環境から疫病が多発。
死人が続出し、しかも死体は街中や川に放置されます。
とんでもない悲惨で不衛生な街が想像できます。
政治的、軍事的には重要な都市であっても人が住めないような街では見捨てるしかありません。
源頼朝は、自然豊かな伊豆で育ち始めて上京したときに京都の不衛生さに愕然としたといいます。
なるほど自分が育った伊豆に近い鎌倉に幕府を開いたわけです。
われわれは今自分が置かれた環境を潜在的に当たり前と思い意識することもありません。
蛇口をひねれば、普通に飲み水が飲めます。
これらが一切なく、コンクリートもアスファルトも無い生活は想像すらできません。
しかし当時は逆にそのような環境が当たり前。
思考や意思決定では、その前提が大きく違うということです。
これは我々が日本以外の国のことを考えるのにも参考になりそうです。
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この記事の執筆者
梅川公認会計士・税理士事務所 所長 梅川貢一郎
東京都千代田区を中心に活動。得分野は会社設立を含めた起業支援、創業融資、および創業期の企業向け経理・税務・会計サービス。